栗林 隆

レジデンス・プログラム

二国間交流事業プログラム(派遣)


栗林 隆

参加プログラム 二国間交流事業プログラム(派遣)
滞在都市/滞在先 ソウル/SUMUSO:Space for Contemporary Art
滞在期間
2009年08月 - 2009年09月
滞在目的

Platformへの参加。屋台という空間変化をもたらす移動可能な装置を使い、アーティスト、栗林隆(クリバヤシタカシ)が制作する屋台(YATAI)を、ミュージシャン・ナオイートが利用し表現し、カメラマン・志津野雷(シズノライ)が記録をする一つの旅である。

滞在中の活動

・重要な装置となる屋台(YATAI)の作成。 「表」と「裏」の対になる二体を制作し、一体は会場となるソウルに、もう一体は韓国、強いては日本へと移動し、様々な変化、進化を経て、最終的にソウルへ戻ってくる。
・空間的物体が、時間を経て、どう変化し、そしてどのような問題または現実をあぶり出すのか、それらを映像、または写真という客観性を持った装置で記録する。また、客観性とはうらはらに、ライブまたは音楽という生なものを通し、公共性、空間、生活との融合、繋がりを再確認するものでもある。
・「裏」の屋台で行われ、または起きた出来事は、「表」の屋台に伝えられる。どちらも同じ現実世界であるにもかかわらず、その境界に存在する違い、距離、違和感を感じとることができるであろう。
・ライブやパフォーマンスをしながら移動する屋台と言う空間が、どのような変化を与え、共感し、進んでいくのかは、最終的にキャラバンが戻って来た時に知り得る事となろう。

滞在制作成果 

滞在制作成果 

1) 今回のプロジェクトは、現地でヤタイという、空間変換装置を制作し、ミュージシャン、カメラマンとともに、韓国の北の国境から南の国境まで旅をするというプロジェクトでした。このプロジェクトは、事前に準備をして行動に移すというものではなく、ゲリラ的な要素とそこに偶然居合わせた人達との交流を目的とした為、思いもよらぬ出来事やハプニングが起こり、自分が思っていたより広がりのある作品になりました。それぞれの国の中にも南と北とで文化の違いがあり、またそれぞれ接している国境が違います。日本のように国境が海という島国とは違い、緊張感や開放感はその国、その場所特有のものがあります。普段インターネットなどにより得られる一般的な情報と違い、その場所の空気感を一番肌で感じられるところは、そこに住む人達が集まる場所、つまりヤタイなどの庶民が食事をする場所であり、またお酒などを飲んでリラックスする場所であります。その空間に入り込みアート、音楽というものを通して異文化に触れ交流し合う事は、我々が観念として持っているその場所へのイメージとは全く違う事を知る事になりました。この、「YATAI TRIP PROJECT」は、今後色々な国で行っていく予定です。

それぞれの国にはそれぞれの文化、そして国境という空間があり、そこで生活する人々を通して現実と真実をあぶりだす事が出来ればと思っています。ただ、そこには、この現代社会の抱える様々なネガティブな要素に焦点を合わせるのではなく、これからの可能性を見つけるため色々な国の人達との繋がりを作っていくプロジェクトを目指す事になります。


2) 私はドイツへの留学も含め、20年以上アート活動に従事してきましたが、レジデンスという形で海外へ行くのは始めての事でした。ドイツには12年も生活をしていましたし、制作やプロジェクトで何度も海外に足をむけました。今更海外に行く事に抵抗や違和感はなく、わざわざレジデンスという形で海外に行く必要はないのではないのだろうかとも思っていました。しかし、プロジェクトなどで海外に行く場合、ほとんどが日本で制作するものを考え準備していくのですが、レジデンスの場合は、まず現地に入り、現地の生活をし、その生活や時間を通し作品を作り上げるという今までとは少し違ったか状況で制作過程が進みました。その中にはその国で生活する人々との出会い、コミュニケーションが非常に大きな要素をしめています。前述した通り、今回のプロジェクトは韓国の北の国境から南の釜山まで移動し、さらに船で福岡に渡りまた釜山、ソウルに戻ってくるというものでした。その途中途中の街でヤタイを広げパフォーマンスをしたことにより、多くの人達との交流をすることになりました。韓国に関してはその出合った全ての人達の暖かい行為に触れ、非常に印象に残るものとなりました。今後は何十時間に及ぶ映像作品をどのように編集し発表していくかを思考しているところであり、それがまた次の国への足がかりになればとても素晴らしい事だと思っています。


交流事業成果

滞在中に行った主の交流事業は、9月3日オープニングの日に、会場であるKIMUSAの中の数カ所で、移動をしながら各場所においてライブパフォーマンスを行いました。
その夜、場所を街中のホンデー地区に移動し、さらにパフォーマンス。またその後北朝鮮との国境や、福岡、釜山、などでもパフォーマンスを行い、最終的にソウルに戻って来た後、会場であるKIMUSAにおいて報告を兼ねた発表会を開催。

クリエーター情報

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