OPEN SITE 10|公募プログラム【dot部門】
カラフルなプラカードや旗、ヘルメットなどを身につけ、参加者とともにアートを入り口にデモについて考え、対話し、デモの「練習」を行うワークショップ。
参加者ひとりひとりが日常の中で抱いた「愚痴」や「不満」を言葉にし、自由に着飾って行進する。
多種多様な声を集め発信するプラットフォームとして、あるいはそう遠くないかもしれない、来るべき未来のために。
| 会期 | 2025年10月25日(土) - 10月26日(日) |
|---|---|
| 時間 | 11:00-19:00 (最終日は16:30まで) ※最終日の終了時間が変更になりました。 |
| 入場料 | 無料 |
| 会場 | トーキョーアーツアンドスペース本郷 スペースC (3F) |
| 協力 | 株式会社ノボル電機 |

「インスタント・デモ(デモの練習)」 ワークショップ 2024

「インスタント・デモ(デモの練習)」 ワークショップ 2024
「インスタント・デモ(デモの練習)」 ワークショップ 2024
| 日時 | 2025年10月25日(土) 13:00-14:30 |
|---|---|
| 出演 | 加藤康司 |
| ゲスト | 池田佳穂(インディペンデント・キュレーター) |
| 料金 | 無料 |
| 会場 | トーキョーアーツアンドスペース本郷 スペースC (3F) |
| 日時 | 2025年10月26日(日)13:00-15:00 |
|---|---|
| 料金 | 無料 - 予約制 - 9月12日(金)14:00より予約開始 - 定員になり次第、または前日17時までに予約受付を終了します。 |
| 会場 | トーキョーアーツアンドスペース本郷 スペースC (3F) |
9月12日(金)14:00より予約開始(外部サイトに遷移します)
※Peatixのアカウント登録とログインが必要です。
歴史的、個人史的な物語を基点に社会的、政治的作品を制作。
個人での活動に並行して、ソーシャルプラクティスの視点からAIR事業やスタジオ運営、アートプロジェクトなどを手がけ、アートと社会の接点を生み出す。
主な活動に、「インスタント・デモ(デモの練習)」(SPACE NOBORU、東京、2024)、「日本国憲法展2024」(MISA SHIN
GALLERY、東京) など。
www.kojikato.info/
小言から始める社会実践
近藤由紀(OPEN SITE 10 審査員/トーキョーアーツアンドスペース プログラムディレクター)
「インスタント・デモ(デモの練習)」は、人々が集団で主張し、その団結を社会あるいは制度に対して示す「デモ(ンストレーション)」の練習を、加藤康司が参加者と対話しながら行っていくワークショップである。ただしここで加藤は、デモを社会に対し同一のメッセージを集団で主張する場としてではなく、個人が自由に表現できる場として捉えなおす。そのため通常のデモとは異なり、参加者が発するのは各々が日常の中で感じたごく個人的な出来事に対する個人的な主張であり、その発露としての言葉となる。
ワークショップは、先行事例としてアーティストや文化人が参加してきた日本のデモの歴史についての説明や作家の問題意識、デモとアートの関係についての関心が共有されることから始まった。その後参加者は日常にある各自の不満を共有しながら発声する言葉を選び、それをテンポよく発声できるよう調整したのち、全参加者の言葉をつなげた一連のシュプレヒコールを作る。シュプレヒコールの発声練習の後、北欧柄の素敵な布が張られたのぼり旗、色とりどりの拡声器やヘルメットといったデモのための「おしゃれグッズ」を身にまとい、館内をこのシュプレヒコールを上げながら練り歩き、最後にこの体験を通じて感じたことを共有した。参加者は、「デモ」に関心はあるものの、実際に参加したことがない参加者がほとんどで、最初は恥ずかし気に声を上げていたが、繰り返すうちにだんだんと楽し気な様子で旗やカードを振りながら声を上げていた。
2024年に代々木公園で最初に開催されたこの企画は、ワークショップの前日に実施されたインディペンデント・キュレーターの池田佳穂との対談「アートによるデモ、あるいは社会実践について」において語られたように、作品やプロジェクトによってアートと社会を接続する活動を行ってきた加藤のこれまでの実践の根底にある態度を示している。インドネシア現代美術の事例を交えながら、ゲストのこれまでの活動やキュレーターとしての活動理念が紹介されたこの対談を通して明らかにされたのは、いかにしてアート(あるいは文化的活動)を通じた社会実践を行うかという二人に共通する問題意識と関心であった。それは人々に対話の機会を提供するために作品や展覧会という場を作るのではなく、他者との関係性を構築するために手元にあるリソースをブリコラージュ的に用いながら多様な対話や共有の方法を探り、そうやって築き上げた小さな関係性からコミュニティを形成していく方法である。そしてそれは、そこで生まれた活動や得られたさまざまな声を自立させ、社会に投げ出すことでコミュニティ外の社会や人々とつなげ、文化的エコシステムを形成していく、いわばアートを通じた実験場の構築とその方法を模索するための実践である。
加藤による「アートによるデモの練習」では、一つのメッセージに声を集約させず、それぞれの些細な日常の違和感を共有する場を提供する。ここではメッセージの作成において、意見が対立する要素である特定の批判や政治的メッセージをあえて避けることで意見の集約や分断、疎外を回避する一方で、日常的な違和感が普遍的な課題と地続きであることを気付かせる。そして導き出された言葉の背景にある個々の体験を共有し、唱和することによって、小さな連帯の可能性を体験的に気付かせる。歌うようなシュプレヒコールや武装や暴力的印象を回避するためのデモ「おしゃれグッズ」は、戦後の頑強な主義主張を持った特定の参加者しか受け付けないようにみえた日本のデモ行進の印象を、より自由で、軽快、発言する喜びすら生まれるデモへと変換させための装置となる。
とはいえ、こうした手法は実際のデモ参加経験者にとっては、ぬるく感じられるかもしれない。あるいは東南アジアの反体制運動に見られる自由さを引用し、その背後にある厳しい現実を無視しているように見えるかもしれない。だがそれは目的が違うのだ。それはその一つ手前の、しなやかな抵抗を続けるための「練習」であり、自由と制約が曖昧に共存するこの真綿で首を絞められるような息苦しさを感じるこの環境におけるレジリエンスである。そしてそれは義憤にかられ、社会の変革を望み、政治性を帯びれば帯びるほど、アートワールド以外の世界とは乖離し、そのことに日々落胆を覚える日本の現代美術におけるある種の閉鎖的状況に対する、レジスタンスにもみえてくる。